2009/02/02

Info>Blizzard practice

2月度の練習日です。

2/7 クラブ練習(練馬)13:00~16:00
2/14 クラブ練習(熊谷)9:30~12:30
2/28 TEISS(熊谷)9:30~12:00

2009/02/01

practice 2009/02/01





【チーム】自主練
【場所】練馬総合体育館ローラースケート場
【天気】晴れ【メニュー】
・体操
・ランニング
・ラダー
--------スケーティング-------
・体重移動 10分
・コーナー
・クロス
・10周(プッシュ)×3
・体重移動(5分)
・コーナーダッシュ
・スタート
--------トレーニング---------
・ジャンプ 30秒×3

2009/01/30

2009/01/27

Info

そろそろ、みちのく八戸国体が始まりますね。
今年もBlizzardから2名(喜多秀明、喜多健太)が徳島県代表で出場します。
今年は、どんなレースをしてくれるのでしょうか。 楽しみです。

千葉や愛知からもインラインスケーターが参加しますので、応援お願いします。

スケジュール


秀明 1500m・5000m
健太 500m・1000m

2009/01/25

practice 2009/1/25



【チーム】自主練
【場所】練馬総合体育館ローラースケート場
【天気】晴れ
【メニュー】
・体操
・ランニング
・ラダー
--------スケーティング-------
・プッシュ練習
・コーナー練習(スクール) 
・おさえ 5周×5 2周×5
・スタート
---------陸トレ-------------
・縄跳び
・鬼ごっこ

Tokyo Elite In-Line Speed School 2009/1/24

基礎の基礎。

熊谷まで向かう途中、雪らしきものが。
寒かった。





【参加】kengo.k,arisa.k,yuuri.y,aoi.w,urara.t

Step-up



Exercise of one hour

ダイエット。
レースビデオを見ながらトレーニング。

2009/01/21

Edogawa

だいぶ、出来てきましたね。
くぼみも直し、後は上塗りとライン引きですね。

〓Takahagi〓

2009/01/18

practice 2009/1/17


【チーム】blizzard
【場所】練馬総合体育館ローラースケート場
【天気】晴れ
【メニュー】
・体操
・ランニング
・ラダー
・ストレッチ
--------スケーティング-------
・フォーム練習
・プッシュ 
・おさえ
・コーナー練習
・クロス練習
・10周×2
・スラローム
・ジャンプ
・スタート




2009/01/12

practice 2009/1/12


【チーム】自主連
【場所】練馬総合体育館ローラースケート場
【天気】晴れ
【メニュー】
・体操
・ランニング
・ラダー
・縄跳び
--------スケーティング-------
・フォーム練習
・スタート
・その他
--------トレーニング--------
・おさえ 
・フォームでのウォーキング
・スクワット






2009/01/08

Memories

なつかしいビデオを発見しました。
今の現役は生まれてないかな?
私が当時16歳でした。前年のアメリカでの初世界選手権(1985)では、ほとんどビリ状態でとても悔しい思いをし、その翌年のオーストラリアでの世界選手権(ロード)の映像です。一年練習し、少し実力をあげ順位を中間まで上げた大会です。

1986 World Speed Rollerskating mens 300m TT








この映像は300mの優勝者です。当時の私には、身長2メートル近くの選手がこれだけ速く走るのを見て、その迫力にびっくりしました。
(この年は、日本から2名の派遣。男子が私と女子が脇選手でした。)


1989 Worlds Mens 500m final








1989年、ニュージーランドでの世界選手権の映像ですね。少し、各国の選手に顔を覚えられたころですね。
このリンクはとてもバンクがきつく、バンクでの練習をほとんどしてない日本選手には、Difficultとしか言いようのないリンクでした。大会中2回転倒し右肩を脱臼した記憶が・・・

1989 Roller Speed Worlds Mens 1500m








この1500mファイナルレースは、いろいろな意味で私の岐路になったレースです。
私はセミファイナルまで駒を進め、あと一歩で映像の中だったかも??
セミファイナルでは、私がラスト1周でアタックをかけ優勝候補であったイタリアの選手ともつれる展開になり、バトルしてる間に“す~う”っとアメリカの選手が抜けて行ったレースでした。
ゴール後にアメリカチームが私に寄ってきて、「ナイスアタック」と話しかけてきた思い出がありますが、喜んで良いのか悪いのか、決勝に進めず悔しかった思い出いが残ってます。あと、イタリアチームには恨まれましたが、結果イタリアに留学する道が開けたレースでもありました。